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letsdansh

Author:letsdansh
アルコール依存症になって、通院治療~2014年に2か月の入院治療、退院後もSLIPと断酒を繰り返しながら、何とか節酒でアルコールと付き合えないか模索しつつ、2017年に再入院して、節酒を断念しました。
今度こそ、断酒を敢行できるでしょうか。同じような悩みを抱えている皆さんと一緒に断酒に励んでいきたいと思っています。よろしくお願いします。

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節酒はできませんでした。再断酒開始です。

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しかしうちの母はがんばる

日曜日に医師からの手紙をもらって、
これはいよいよ危篤である。

持って数日、
長くとも週は越さない、と判断したけれど、

月曜日は仕事が外せず、

火曜日になって、家族を伴って上京しました。

入院・闘病中の兄を迎えに行き、
一時外出をとってレンタカーで運んで
久しぶりに会わせ、
最後の別れをしのびました。

ほとんど昏睡状態ではありますが、
時折目を開けて、反応することもあります。

「来ましたよ」
と声をかけると、
少しうれしそうに、小さくうなずいていました。

翌水曜日には呼吸が粗くなり、
間欠的になって息の止まる時間が長くなり、
数秒から長い時は数十秒呼吸が止まっています。
やはり状態は悪くなっているように見えました。

木曜日には呼吸時には口をすぼめるようになり、
肩をモゾモゾ動かす動作をするようになりました。
だんだん死期が近づいているのが見えるようでした。
これはいよいよだと、海外にいる弟も呼び寄せることにしました。

ところが金曜日には、
なんだか顔色もよくなって、
何となく、受け答えがはっきりしてきたように見えます。

あまつさえ、
間欠的に苦しそうだった呼吸も
穏やかに安定した呼吸に変わっています。

国外にいる弟にも連絡を取って呼び寄せ、

弟が到着した土曜日、
弟の、まだ小さい子ども(孫)を見ると、
笑顔まで浮かべました。

点滴を切って、
もう一週間。何たる生命力。

人は水を飲まないと3日で死ぬ
というのはうそですねー。

母は明らかに持ち直してきています。

点滴を止めているので
緩やかな下り坂でこのまま最後の時を迎えるのは間違いのないところですが、
少なくとも今の彼女は、
息子たちがそろって、たくさんの人に囲まれることで、
力が出て、一時的にせよ
状態が上向いてきています。

日曜日にはなんと、
少し口を開いて
まとまった会話をすることができました。

もちろん昏睡している時間が長いのですが、
「背中がかゆい」とか、
掻いてやると
「もっと上」 などと言います。

まだこんな意思の疎通ができるなんて。

点滴を止めて、もう一週間以上がたつんですぜ。


こうなると、いつまでも仕事に穴をあけているわけにもいかず、
かなり逡巡をしましたが、
火曜には一度、仕事に戻ることにしました。





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ホスピスというところ

いよいよ母が危篤だという連絡が入り、
実家に戻ることしました。

母は、末期の肺がんで、
原発巣の肺の症状(胸の痛みとか咳とか)はそれほどでもないのですが、
骨転移が強く、
脊椎、腰椎、骨盤をはじめ、あちこちに転移があり、
高齢のため抗がん剤治療というわけにもいかず、
放射線療法は少しやってみましたがあまり効果もなく、
がんはあるけれど、
打つ手がないので、
ただ見ているだけ、という状態が続いていたところでした。

骨転移は特に骨盤がもっとも強く、
レントゲンを撮っても
ほとんど骨盤が映らないような状態で、
両脚の大腿骨に人工関節を入れている彼女は
下腿に体重をかけてしまうと
人工関節を止めているビスが
脆弱になっている骨盤を突き抜け
腹腔を突き破ってしまう(!)という恐れがあり
特に足には絶対に体重をかけられない、
寝たきりの生活が続いていました。

そんな状態の彼女では、受け入れてくれる病院が難しく
大学病院を出されてしまってからは
一次は近所の病院に転院してしばらく置いてもらいましたが、
急性期の患者を診る病院では
先行きのない患者をいつまでも置いておくことはできず、
療養型の病院の転院先を探し、
順番待ちをして、
ようやく「ホスピス」に入ることができました。

ホスピス、というのは、
終末期のがん患者を専門に看取る施設のことで、
緩和ケア、とかターミナルケア、などと呼ばれることもあります。

ホスピスでは、がんの治療はしません。
患者がいかに楽に過ごせるのか、ということだけに重点を置いて、
患者のケアをします。
要は、がん患者のがん性疼痛をいかにコントロールするか、
痛みを感じさせずに楽に過ごさせるか、ということを考え、
その中でがんが自然に進行していったら、
楽に最後も迎えられる、
そんな考え方による治療を中心に、
患者の最後の看取りを行う医療施設です。

そんな施設ですので、
入院時には
「延命治療は行わないことに同意します」
「心電図などのモニターも必要としません」
「必要な場合には鎮静処置(麻薬以外の強い鎮静剤の使用)をお願いします」
などの誓約書を書き、入院します。

そのホスピスの主治医から、
お手紙をいただきました。
いわく、
「この数日浮腫が強く、
経口でものを食べたり飲んだりすることもできなくなり、
回復不能な下り坂に差し掛かっていると思われます。
血管の確保が難しいこと、
水分補給はかえって浮腫を含めた全身状態を増悪させてしまうこと、
点滴を続けて仮に延命ができたしても
それはいたずらに患者の苦しみを引き延ばすことであること、
という理由から、
ブドウ糖と水分を入れている点滴を外そうと思います。
そうなると、緩やかに下り坂になっていって、
予後はあと日にち単位、ということも考えられます。」

要するに、母の余命は日にち単位でしか持たない。
来週までは持ちそうにない、
という意味だと読んで、
妻を連れて上京して母のもとに向かいました。

しかし、ホスピスというところは恐ろしいところです。
延命処置はしない、ということに同意はしましたが、
ボクらがイメージしていた
やらない延命処置、というのは、
たとえば、
経口摂取ができなくなっても
胃瘻(穴をあけてチューブで流動食を入れること)はつくらない、とか、
呼吸が止まっても人工呼吸器での呼吸の維持はしない、とか、
心臓が止まっても人工心肺での循環機能の維持は行わない、とか、
そんなことが「延命治療はしない」という意味だと思っていたのですが、

さにあらず。

口から物が食べられなくなってしまったら、
ブドウ糖の点滴も外してしまう、
というのです。

これはある種、衝撃的でした。

そんなことしたら、死んじゃうじゃん。

でも、そう
(ケースバイケースで人の状態によるとは思いますが)
最後口から食べられなくなったら
点滴はやめて、
枯れるように死なせていく、
これが、ホスピス、というところでした。

一般の医療とはあまりに違う考え方に
本当にびっくりしました。



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羽田空港

今週は約半月ぶりに東京へ。

数えてみると
今年に入って早くも8回目の上京になります。

家族のことで仕方がないとはいえ、
かなりのハイペース。
お金もかかるなぁ。


今回は行きも帰りも飛行機をおごったので
羽田空港利用。


前にも何回も書いてるけど、

数年前、はじめてアル中の治療入院をしてから
退院してしばらく断酒して、

それからこっぴどいスリップをしたのが、
ここ羽田空港でした。


飛行機に乗るはずだったボクは、
保安検査場を抜けた
空港の中待合で飲み始めて、

空港の売店をはしごしながら
2本、4本、6本、8本・・・と
アサヒスーパードライを重ねてしまい、

前後不覚になって、
飛行機を乗り逃がし、
一晩行方不明のような状態になってしまったんでした。


空港の中を歩いていると、
いろんなことを思い出します。

あー、ここで飲み始めたんだなー、とか

あの時は遊んでいる子どもを見ながら
飲み始めたんだったっけ、とか、

翌朝焦って、ここを走ったなー、とか

ここのインフォメーションセンターでお世話になったなー、とか。

途中のことはさっぱり覚えていないので、
飲み始めと翌朝の記憶だけですけど(笑)


今はそうした誘惑とは無縁の自分がいます。


この状態をしっかりキープしていかなければ。

断酒会で見当違いな話ばかりしてますが

断酒会でも
実はこんな話ばかりを最近はしているのですが、
(ほんとに断酒と関係ない話で悪いなーと思いつつ)

話をしていてひとつ思ったのは、

断酒会って、

いろんな意味で、

自分をさらけ出せる場所なんですね。



こんな兄の病勢の話なんて、

よそではあんまりできません。


自分の中で、くよくよと考えているばかりのことです。


それを話すことで、

少しすっきりできる。


断酒会って、そういうところなんだって、


本当にありがたく思いました。



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重たい話②

ことは幸いした、

のかどうか、よくわからないのですが、

兄の病勢は予想以上によくなく、

月曜には全身状態が悪く

抗がん剤治療はいったんペンディングとなり

火曜日から始める予定だった
抗がん剤治療はいったん中止になりました。

癌の進行が激しすぎるのか、

胃の病変からの出血が著しく
全身状態が悪くなっているのか、
よくわかりません。

とりあえず、抗がん剤治療を始める前に
父に話して
面会の機会を作る、ということは、出来そうになってきました。


父に話すと、
さすがにショックは隠しきれない様子が見てとれました。

「車を借りてきているから、明日、会いに行こう。」
というボクの言葉にも、うなずいてくれました。

大学病院では、

ボクは義姉(兄嫁)と一緒に
主治医に時間を作っていただいて、
患者本人抜きで、お話を聞かせてもらいました。

その間、父と兄は二人にしてあげました。
二人の時に何を話したのか、
父も、兄も多くは語ってくれませんでしたが、
二人の時間を作れたのはよかったと思っています。


主治医のお話は予想していた通り、
かなり深刻でした。

手術不能膵癌の余命は3ヶ月(平均)
それ以上のことは何とも言えない。

今は全身状態がよくないので、
抗がん剤治療を始めることもできない。

様子を見て、
全身状態が改善してきたら、
抗がん剤治療を開始する。


この先どうなるのかな、

といったところでした。


(断酒の話と全然関係なくなっていて、すみません)



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重たい話

断酒とは関係ない話になってきています。
ほかにぶつけるところもないので
自分の備忘録代わりに
ここに書いています。
断酒ブログとして読まれている方には
ふさわしくないかもしれません。ご了承ください。


5/14
とても重たい任務を抱えて、
またまた夜行バスに乗って
実家に向けて上京しています。


4月の中旬に
体の不調を訴えて
近医を受診した兄は、
食度の貧血と診断され、
大病院の受診を勧められました。

直近の大学病院を受診して
精密検査を受けたところ、
胃と食道、すい臓に影があるとの指摘を受け、

その後の内視鏡検査と細胞診断で
膵臓癌・胃浸潤(腺癌)と食道癌(こちらは別のがん:扁平上皮癌)
と診断されました。


膵癌、というと、
数あるがんの中でも、最も予後の良くないがんです。

平均的な5年生存率は約40%。

今は早期発見と治療が進んで、
胃癌や大腸癌はずいぶんとよくなっています。
5年生存率は、
胃癌は73%
大腸癌は79%
肺癌で
乳癌93%
(早期がんを含めた数値ですけどね)

発見の遅い膵臓癌はかなり予後が悪いのです。

さらにその後の詳しい組織検査では
膵癌の中でも珍しいタイプの
膵腺房細胞癌というものだということでした。
(膵癌全体の0.2~1%のまれな癌)

まれな癌のため、どのような薬物治療が効果的なのか
あまりよくわかっていない、というような癌だそうです。


ショックではありますが、
まずはがんの進展状況を正確に把握しなければいけない。

そこで受けるのがPET検査
(ポジトロン・エミッション・トモグラフィ:陽電子放射断層撮影)です。

PET検査
は、がん細胞が特異的に取り込むブドウ糖の類似物質に
放射線でマークしてそれを映すため、
通常のレントゲンやCT、MRIでは見つけられないような
微細な癌細胞を見つけることができます。

転移さえなければ、
とりあえず原発巣をしっかり切除すれば
しばらくは予後は見込める。

そう思ってPET検査の結果を待ったのですが、

結果は最悪のものでした。

「全身に広範な転遷が認められる」

骨盤、脊椎、上腕骨、遠隔リンパ節などなど
身体中に転移がある、というものでした。

この状態では
すでに手術は不能。
開いて原発巣だけ取っても意味はありません。
すぐに転移巣が大きくなるだけです。

手術不能膵癌の生存日数は、
一つのデータによると
中央値が3ヶ月。

この状態の人は、
平均の余命は3ヶ月だということです。

膵癌の日本での権威は
とにかく築地のがんセンター(国立がんセンター中央病院)か
有明のがん研((公財)がん研究所有明病院)です。

大学病院の診断はわかりましたが、
いわゆるセカンドオピニオンとして、

この二つの病院を訪ねて
意見を聞くことにしました。

がん研は比較的すぐに会えて、

セカンドオピニオンの答えは、
大学病院の見立ての通りだと。

手術不能膵癌ということで、
最強の抗がん剤治療と言われる
フォルフィリノックス療法をお勧めする。

フォルフィリノックス療法は、
奏功すれば延命日数を飛躍的に伸ばすことができる。

奏功例の生存日数は、10ヶ月。

3ヶ月から見れば、10ヶ月って、
「飛躍的」なんですね。

半年しか変わらないけれど。

がん研は、
治療をがん研で受けるのであれば転院してもらってください。
大学で治療を始めてもいいし、
いつでも転院を受け入れます。
ということでした。


これまでで
兄と周囲の人たちとで悩んでいたのが、
この兄の病状を、
いつ、どう段階で親に知らせるべきか、
ということでした。

予後不良な癌にかかっていることを
高齢の両親に知らせるのは忍びない。

ましてや母親は本人も末期の癌で
病院から出られない状態。

母親が入院してしまい
父親はにわか独居老人になって、
日々の生活も大丈夫だろうか、という状態。
(ヘルパーさんや宅配の食事など、出来るケアはしていますが)

そんな彼らに
自慢の息子である長男が、
非常に悪質な癌にかかっており、
余命についても相当悲観的な状態にある。

いつ言おうかいつ言おうかと
先延ばしにしていると、
出てくる検査結果では
どんどん状況が悪くなっています。

兄は自分の口から伝える、という気もあったようですが、
兄嫁などの意見では、
本人から言うとなると、

言いにくい話をする本人も傷つくだろうし
聞いた親は、悲嘆を隠し切れないだろうし、
それを目の当りにしたら本人もまた傷つくだろうし、

弟たるボクの口から伝えてはくれまいか、
ということでした。

こうなった以上は
それもまた、ボクの使命なのかもしれません。

あとは、いつ、どんなタイミングで言うか、
ということですが、
これは、

治療の方針を決めて
抗がん剤治療を始める、となったら、
その前には言わないといけないことだと思いました。

縁起でもない話をすると、
抗がん剤は強い副作用を伴います。

抗がん剤治療を始めただけで、
副作用死で数%の人が亡くなってしまうのです。

死んでからの事後報告では遅すぎる。

抗がん剤治療を始める前、
というのが、
父母への告知をするタイミング
だと考えました。

もう一つのセカンドオピニオン
築地のがんセンターの予約が
5月の23日。

こちらの意見を聞いてから、

抗がん剤治療をどうするのか、
どこで受けるのかを決めて、
治療を開始しよう。

そういうつもりでいました。



しかしそうこうしているうちに、

5/11(金)
兄は強い胸痛を訴え、
金曜の深夜大学病院に緊急入院しました。

癌性疼痛が強くなっているのです。

これはすぐにでも抗がん剤治療を始めよう。

週明け月曜(5/14)には
抗がん剤を注入するポートを設置して、

火曜日(5/15)からは抗がん剤治療だ、ということになりました。


そうなると、
もう猶予はありません。

至急、父に会って、兄のことを告げ、
病床の母にはどうするのか(話すか、話さずにおくか)
これは父の意見と判断に任せようかと思い、

足の不自由になってる父を
レンタカーに乗せて兄のいる大学病院に連れて行き
会わせなければいけない。

現在の兄の姿が、
一番元気な姿であるのは
まず間違いのない事実です。

抗がん剤治療を始めてしまえば、
癌の病勢は抑えることができるのかもしれませんが、
全身的にもダメージを受け、
やつれ衰えるのは
間違いありません。

今告げて、今会わせなければいけない。

あまりにも急な展開に
実質抗がん剤治療の開始には間に合いませんでしたが、

5/14の夜行バスで、
東京に向かってきたのでした。




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お酒を飲めたらちょっと良かったのにな、と思ったこと

重い話は続いているのですが、
いつまでも重い話ばかりしていても進まないので、
それはまたの機会にして、
先日の木曜研修会で話したお話。



昨年夏の
2回目のアルコール依存症治療の入院から、
そろそろ300日に近くなってきました。

お酒を飲みたいという飲酒欲求とか、
渇望みたいなものはほとんどないのですが、

先日、あぁ、こんな時には
お酒が上手に飲めてたら、
便利だったのになぁ、と思うような機会がありました。



それは、新人(新入社員)との、
コミュニケーション(いわゆる「飲みにゅけ―ション」)をはかるようなとき。


この春、ボクの会社には2名の新入社員が来て、
入社からの初めの導入研修の部分を
ボクが受け持つことになって、
GW前までの2週間ぐらいの時間
彼らと「べったり」で過ごしていたのですが、

ちょうど息子や娘と言ってもおかしくないような若者たち。

小難しい話や
真面目な話を一日した後に、

「どうだ、一杯やりに行くか?」

なんてできたら、

彼ら彼女らの
いろんな気持ちやホンネが聞けたりして、

よかったのかもしれないなぁ。

上部にお酒が飲める人だったら、

そんなこともできたのになぁ。


そんなことを思ったものでした。


ボクらアルコール依存症者は

上手にコントロールしてお酒を飲む、
というのは不可能なことなので、

かなわないことなんですけどね。


お酒が飲みたい、

というのとは少し違いますが、

飲めたら便利だったかもしれないのになぁ、

とちょっと思ったことでした。



ま、アルコール抜きでも
コミュニケーションは取れるはずなので、

ボクの手を離れてOJTに移った彼ら彼女らには、

もう少ししたら、

様子を見に行って、

がんばってるかどうか、

つらいこと、困っていることはないか、


それとなく聞いてみようかなぁ。





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酒を飲んでる場合じゃない

じつは今、

実家の高齢の両親の状態が

すこぶる悪いのです。


82歳の母は
末期の肺がん。

高齢で手術や化学療法はもう無理。

放射線療法もほとんど効果がなくて、
見てるしかない、って状態。


骨盤と腰椎、脊椎に転移が見つかって、

足が痛くて歩けない、
というから
レ線を撮ったら、
骨盤がうすらぼんやりとしか映らないほど、
転移が進んでるみたい。

両足の大腿骨骨頭を人工関節にしている母は
そんな状態で足に体重をかけたら、

人工関節がボルトごと
腹腔に突っ込んじゃう恐れすらある。


もはや家に戻すことはかなわず、
病院から出すことはできず、


ホスピスの予約を入れて、
空きベッドが出るのを待っている状態。



ひとり、ニワカ独居老人になってしまった
86歳の父は、

自分では何もできない人なので、


飯も食えてんだか、
洗濯もできてんだか、


一人での生活ができているのかどうか、

怪しくて仕方がない。



ヘルパーさんとか、
宅配の弁当屋さんと通じて

かろうじて生存確認が取れているような状態。




そんな両親に、

ボクは地方に住んでいて
あまり手を出してあげることができないので、



池袋に住んでいる兄に
任せっきりにしてて、



兄貴はここんとこ、

ほぼ毎週のように週末には実家に通って



父の様子を見たり、

母の病院に行ったり、


してくれていたんだけど、




今度はその兄貴が調子を崩して、







診てもらったところ、



すい臓がん 胃浸潤。






PET検査の結果、


「非常に多彩な全身への病変の転遷が認められます」


ですと。





このGWは、

母に孫の顔を見せられるチャンスも
この先あまりないのかも、
(正確に言うと、これが最後のチャンスかも)


と思って、


ほかの予定を一切取りやめて、

家族で実家に行ってきました。




母を一時外出で病院から久しぶりに連れ出して、


具合の良くない兄貴も、
(両親には自分の病状はまだ隠している)
無理をしてきてくれて、



親族がそろって、
夕食会をすることができました。




母も、父も、兄貴も、

楽しそうでした。







でもこの先、

なにが どういう順序で、

どうなっちゃうんだろう。





とても 酒どころじゃないです。



いや、こんな時こそ、

やけ酒に走らないように、

気をつけなければいけないのか。



重い、日々です。




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